過去の苦しみは記憶の中から消えることはない

沖縄戦、その始まりから終わりまでを見るツアー

「下地さん、大変お世話になりました。
読谷村の米軍上陸地に始まり、日本軍の第一防衛線・第二防衛線・第三防衛線での抵抗、首里城からの撤退、南部への敗走、摩文仁での抵抗終焉の過程について、主要地点の現地への案内に加えて下地さん手作りの資料および写真による丁寧な説明により私なりに沖縄戦を追体験することができました。米軍上陸地から摩文仁までの僅か20数Kmの距離の間で3ヵ月もの戦いが繰り広げられたわけですが、実際に現地を案内して頂いたことにより、こんなに狭い地域で住民を巻き込んで3ヵ月もという驚きを禁じえないとともに、狭い地域・長期間ゆえの激戦であったことに思いが至りました。
また、ガマ、南風原陸軍病院跡、第一外科壕跡等を巡った時には、下地さん、現地の解説の方から、負傷兵士・住民の苦悩・苦痛、それを強いた日本軍の理不尽な組織・論理、差別構造を具体的なお話しを交えお聞きし、アジア・太平洋戦争の無意味さ・理不尽さに怒りを覚えました。摩文仁では、沖縄戦の非合理性を垣間見てきた2日間のツアーの終盤であったことから、沖縄らしい美しい海・海岸であるにも拘わらず、そこを逃げまどう住民の恐怖・必死さが眼に浮かぶようでした。
ガマにおける兄弟の行動について、下地さんがおっしゃった「大事なことは、正しい情報を持つことと勇気です」という言葉がとても印象に残っております。
今回のツアーは沖縄戦の戦跡を巡るのがメインテーマでしたが、復帰前も復帰後も沖縄に負担・リスクを強いてきている日米地位協定の現実的な問題についても、実際に沖縄で体験している下地さんからお話しを聞くことができ、知識ではなく僅かではありますが実感として理解できたように思いました。そして、日米地位協定の矛盾・不平等性は沖縄に集中的に顕在化していますが、日本国全体の問題あるという認識の再確認もできました。
今回の経験で強く思ったのは、「教育の重要性」、「こんな悲劇を避けることはできなかったのか、なぜ避けることができなかったのかという疑問」、「同じ日本人である沖縄の人達に、現在も負担・リスクを強い続けている日本という国家はなんなのかという疑問」です。この経験をきっかけに「過去、何が起きてきたのか、そして現在、何が起きているのか」ということに対する理解を深めていきたいと思います。それと、下地さんのお話しを通じて、沖縄で起きている問題は日本国民全体に突き付けられているものであり、日本国のあり方が問われている問題だと感じました。
人生も終盤に差し掛かった50代に入ってから、広島、長崎の原爆資料館等、近現代の日本の負の遺産の地へ足を運ぶようになっており、いつかは沖縄も行ってみたいと思っておりました。しかしながら、地理に不案内な私が沖縄へ行って戦跡を見るといっても、せいぜい摩文仁の平和祈念公園とひめゆりの塔が浮かぶくらいで、とても今回のような経験はできませんでした。インターネットで色々調べているうちに、下地さんの主催されているツアーのことを知り早速申し込んでお願いしたわけですが、実際に案内して頂き期待を大幅に上回る経験をさせて頂きました。
ただ、あまりにも重い内容を含んだツアーであったため、まだ自分の中で消化できていませんので、もう少し時間を掛けて整理したいとも感じております。
もう少しサラリーマン生活を送った後に、日本を含むアジアの近現代史を勉強したいと思っているこの頃ですが、今回の経験で益々強く学びたいと思うようになりました。
下地さん、本当に有難うございました。」(夫)

「沖縄について深く考えることなく今回のツアーに参加したので不安がいっぱいでした。帰路について思うことは、過去の苦しみは沖縄の人々の記憶の中から消えることはないと思う一方で、今後、私たちを含めてこの記憶を風化させるようなことがあるとするならば、それは悲しい思ったことです。
恥ずかしいですけど、現在の基地の問題については考えたこともありませんでした。このツアーをきっかけに今後の辺野古への基地移転問題を含めた沖縄を見ていきたいと思います。
下地さんの魅力あるツアーに感動しています。ありがとうございました。多くの人にこのツアーに参加してもらえたらと思いました。
私としては、次回は沖縄の歴史文化について広く学べるツアーに参加したいと思っています。」(妻)
(H.様 愛知県 夫婦)