住民の無念さは察するにあまりあります。

このたびは二日間にわたり、沖縄戦の始まりから終わりまでご案内いただきありがとうございました。
下地様のご案内にはストーリーがあり、また効果的にビジュアルに訴えかけ、臨場感にあふれていました。おかげさまで、よく理解できました。

沖縄戦、その始まりから終わりまでを見るツアー

さて、私にとって今回のツアーは二つの意味で有意義であったと感じます。
まず、私が今回のツアーに参加した目的、「なぜ沖縄の民謡は心に深く染みいるのかを探る」を達成するスタート地点に立つことができたような気がします。
アブチラガマで、ガイドさんに言われるままライトをすべて消したとき、一瞬にして闇と静けさに包まれました。同時に私は今まで経験したことのない不安を覚えました。真っ暗なガマの中で、日に日に息絶えていく仲間。明日は我が身の恐怖を感じながら、息をひそめるようにして身を隠さざるを得なかった人々の精神状態を思うと言葉もありません。
沖縄の民謡の歌詞には太陽(ティダ)がよくつかわれます。私たちが普段当たり前のように感じる太陽の光も、終戦を知りガマを出てきた人々にとって、どんなにありがたいものに思えたことでしょう。
沖縄戦というこの世の生き地獄を体験してきた人々は、親が子を慈しむ・子が親を慕う・恋人を想う・故郷を想う・友達と遊ぶなどの普通が、どんなにありがたく、うれしいことかを心の底から表現できる。だから、民の歌である沖縄の民謡は心に染みいるのではないかと思います。これから民謡に対し目標をもって取り組んでいけそうです。
つぎに、沖縄(ウチナー)のことを常に考える大和人(ヤマトンチュ)の一人でいたい、との思いを強くしたことです。
本土決戦を遅らせるための戦いにより、命を落とした罪のない住民の無念さは察するにあまりあります。その無念を少しでも晴らすためには、私たち大和人が沖縄戦を語り継いでいくこと、忘れないことが大切ではないかと思います。
下地様の活動が継続していくことを願っています。
ありがとうございました。またお会いできることを楽しみにしています。
(K.様 東京都)